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追憶のスモールタウン

“純粋なアメリカ文学”という言葉があるのなら、まさにこれはそれに当てはまる作品だろう。それは、ラリイ・ワトスン著「追憶のスモールタウン」のことだ。
追憶のスモールタウン 追憶のスモールタウン
ラリイ ワトスン (1998/07)
早川書房
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あらすじ
12歳のデイヴィッドは、どちらかといえば内向的な少年だった。一年中風のやまないモンタナの草原や川を一人で歩きまわるのが好きだった。 ある日のこと、デイヴィッドの家で家政婦として働くマリーが、高熱を出して寝込んでしまう。それが「事件」の発端だった。町で保安官をしているデイヴィッドの父は、自分の兄で医者のフランクを呼ぼうとするが、マリーはそれをかたくなに拒む。フランクは診療にかこつけて、インディアン女性に性的ないたずらを繰り返しているというのだ。動揺したデイヴィッドの父は、保安官として兄の行状を調べ始めるが、そんな矢先、マリーが突然の死を遂げてしまう・・・

久しぶりに小説という小説を読んだ気がする。単純でもなく、かといって難解な内容でもない。描かれる背景は多少複雑な面もあるが、それがまた読者を本の中へと導く要素の一つとなっている。あらすじに“性的ないたずら”とあるが、それは淡々と父と母が語る口から出てきた表現で、あくまでも読者を不快にさせるような描写ではない。また、官能的な表現でもない。それは“事件”だからだ。著者であるラリイはそこのところをうまく表現している。12歳の少年に、彼の叔父がどんな性的ないたずらをしたのか、その事実を両親がそのまま伝えるわけはない。たとえその意味・重大性がわからない少年であっても、だ。しかし読者には何があったか察するのにそう難しくはない。両親のセリフを使って、(オブラートに包まれてはいるが)理解するには十分な説明がされる。 
物語の舞台は1948年のモンタナ州の小さな町。インディアン女性というだけで軽視され、また次々と、医者という立場を利用したフランクの犠牲者となっていく彼女たち。その一人がマリーだった。叔父もマリーも大好きだった少年の心は深く傷ついた。なのに、なぜなぜどうして、彼の目線で語られるこの物語は絶望的な空気が一瞬たりとも感じられない。そこはラリイの手腕か。

本の厚さも手ごろ。
ちょっとしたティータイムにクラシックを聞きながら読むには最適な小説だろう。穏やかな時間を過ごそうじゃないか。
読書(ドナルド&デイジー)

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