その日、学校は戦場だった

はい、また昨日のような類の本を読みました。まだ記憶に新しい1999年4月10日に起こったコロンバイン高校銃殺事件の被害者の母親が書いたものです。この事件をテーマにして、マイケル・ムーアがドキュメンタリー映画をとってますよね。「ボウリング・フォー・コロンバイン」というタイトルの。映画については、僕がみたのは2000年代に入ってからだったと思うけど、感想なんて書いたっけな・・・。

その日、学校は戦場だった―コロンバイン高校銃撃事件 その日、学校は戦場だった―コロンバイン高校銃撃事件
ミスティ バーナル (2002/04)
インターメディア出版
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この本はすごいよ。読む価値かなりアリ。何が凄いってさ、そりゃ人それぞれだろうけど、娘を亡くした母親が書いたものだから当日の事件お経過やら、その後のいろいろな事情とか書かれているわけなんですよ。でも、ここまでは(ノンフィクションにふさわしくない言葉だが)ありきたり。じゃあ、この著書は何が違うのか。
 それは、亡くなった女の子が事件の2,3年前は犯人の二人と同じような生活を送っていたということ。デスロックにはまり、マリリン・マンソンを崇拝。トレンチマフィアのグループではなかったけど、かなり悲惨なティーンエイジャー。彼女の部屋にはいり、両親殺害計画なるものを書いた手紙をみつけた母親は警察に通報。そこから彼女が生まれ変わるまでを詳細に書いている。長い年月だ。引越しやら転校やらと、かなりめまぐるしい変化があった模様。そして17歳になった彼女は何もかもこれから!明るい未来が、希望が見えてきたときだった。

17歳にして命を奪われたキャッシー。彼女は犯人に銃殺される前に犯人と言葉を交わしている。

犯人:「神を信じるか?」

キャッシー:「イエス(はい)」

そして彼女は銃殺された。
一日も経たないうちに、キャッシーが殺人者の少年たちと交わした言葉は全米の見出しを飾った。次の日には人々はキャッシーをリトルトンの殉教者と呼び始めた。もちろん彼女のほかにも勇敢な意思を示したものはいたのだろう。事件後の当時、銃規制や暴力的なハリウッド映画またはゲームについて、たくさんの意見が交わされた。確かにこれらの影響もあったのかも知れない。ただ、僕はそれはあくまでも伏線であって、やはり軸となるのは家庭であり環境じゃないかと思う。日本でも最近は少年犯罪が増えてきているが、その背景には何か共通するものがあるんじゃないかな。社会を見直すことも大切だけど、自分と家族について見つめ直すことが最も当たり前にすべきことじゃないのかね。
そもそも、銃なんていらんのじゃ!

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